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SO−ZO−寄席 第2部 「駅前勾当裏ばなし」 
噺屋ザトーさんからイベントのゲストに呼ばれましたのでご紹介。

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SO−ZO−寄席 第2部 「駅前勾当裏ばなし」
2015年8月22日19:30 - 21:00
駅前町公民館(駅前高等温泉裏) 入場料500円

今回は、噺屋ザトーと女流詩人 豆塚エリによる2人回!
ザトーは別府・大分に伝わる民話「地獄に落ちた坊主」他を、豆塚エリは会場に近い弥生通りにまつわる「天狗物語」の朗読と秘話の紹介をいたします。

※駐車場はありません。
※料金には温泉入浴量は含まれておりません。
※当日はドリンク(無料)をご用意しております。
※会場には座敷席とイス席があります。
※車いすの方もご入場できます。なお、開場より少し早目におこしください。

このSO−ZO−寄席は3部構成で、8月8日(土)14:30〜上田の湯公民館にて第1部「落語の部」と、9月18日(金)19:30〜別府市能楽堂にて第3部「物語の部」が行われます。そちらもどうぞお越しください。各回500円です。なお、3回通し券を1,200円にて承ります。


噺屋ザトーさんは盲目の落語家さんです。まだまだ活動を始めたばかりの若手の方。
大したことないけど援護射撃させていただきます。

朗読するのは一昨年の夏書き上げました「弥生天狗物語」。自分でも久しぶりに見ます。
いつか「北高架下物語」を全編朗読した際には、口の中がからからになって声が出なくなるという失態をおかしましたので、
今回はそうはならないよう気をつけたいと思います…。

また弥生天狗さんのお話もしないといけないので、天狗について勉強しなおさなければ。
絶世の美女と言ってもらえましたので期待に添えるように頑張ります(笑)
狭い会場なので、ご予約はお早めに。お問い合せは噺屋ザトーさんまで。
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跡から学び、未来を考えるシンポジウム~ベップ・アトノ・マツリ開催 
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泉観光都市別府市において、現在戦前の文化や建築物が過渡期をむかえ次第に失われつつあります。これからも安易にハイテクバリアフリー化することだけを求めていけば、別府の歴史的景観、文化、町の人々のコミュニティは失われていくのではないかと危惧しています。
別府の文化、街並みは多少不便なところはありつつも魅力的なものです。このままただ失われていくのでしょうか。
ユニバーサルな町、みんなに優しい町、そして別府という町をもう一度考え直してみる余地があると思います。歴史的建造物や景観を保全しつつ、高齢者も障害者もだれもが暮らしやすい町にしていくには、どうすればいいのか、もっと具体的に考え、知り、市民の皆さんと共有していきたいと思います。


県庁HP

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はい。こんぺき出版、2015年一発目のイベントです。
約一年かけて準備してきました。今回は、発端は悪ふざけでしたが内容は真面目です。
大分県との協議で主催。
何でこんなことをやることになったのか?
説明するとものすごく長くなるので喫茶店を営むこんぺき出版社外取締役がこのイベントで配布する冊子に載せるために書いてくれた文章を勝手に掲載します。


何故、アトノマツリか?
        
あとの祭り――時期におくれてどうにも仕様のないこと。手おくれ。(広辞苑)

最初の発想はあとの祭りじゃなくて跡の祭り、もしくは跡フェスティバルというただの駄洒落でした。とあるカフェのお客さんとマスターの会話と思ってください。

「アート、アートって言うけど、跡のほうが多いって思わない? ここには少し前まで○○がありました、みたいな跡だらけって思わない? アートフェスティバルとかやらなくて、跡フェスティバルのほうが似合っているわよ」 

「あ、それ面白い、アトノマツリってイベントやりません?」

アート関係の方、ごめんなさい。アートを悪く言っているんじゃないです。アートと跡をかけたただの悪ふざけ。

「跡フェスティバル、跡のまつり、後じゃなくて跡。史跡の跡の方。別府は跡だらけだから、その跡ばかり巡るの。で、何故残さなかった、別府市民はバカだとか、行政はアホだとか、自分ばかりが偉そうに言うのを眺める。しかも、それに尤もらしい理屈つけて、ツーリズム事業かなんかから補助金が行政から出たら面白いって思わない?」

「跡のまつりってイヴェントやろう。ここに赤銅御殿がありました、今はただの住宅地です。石碑建てて誤魔化してます。次は中山別荘、ここはスーパーやら100キンの店やら云々って廻って、浜脇高等温泉の素晴らしい写真を見ながらそのあたりを歩く、とかどう?」


このあたりまではほとんど与太話だったが、こんぺき出版豆塚エリにやろう、アートマンスで跡フェスティバル、跡の祭り、と声をかけてみた。

「真面目な話、なくなったものはしようがない。でも、何故、なくなったか? 方法はなかったのか、検証して、今後に活かす。ってのはありじゃないか? 結果的には成功している事例だってあるから、それからも学べることあるんじゃないかな。」

その喫茶店のマスターである僕は二〇一四年還暦六十歳になった。一九六四年東京オリンピック以降、とにかく古いものを壊して、コンクリートの新しいものを作るのことを良いとする価値観が支配的になったような気がする。市川崑監督の東京オリンピックって映画は街を破壊して行く映像から始まっていた。現状は、惰性というか慣性の法則だろう。歴史と愛着を兼ね備えた建築物が誰も有り難がらない建物に取り替えられていく。このシステムが崩壊しない原因はそのシステムに依存し利益を得る人々が少なからずいるから。これは相当に根深い問題で、簡単に止めようと言うキャッチコピーだけではどうにもならない。このことは民主党政権が実証してくれた。今、この時代にまた東京オリンピックをやろうって、あの震災からも何も学ばなかったと思う。


豆塚エリと僕の会話、「あとの祭りにならないように、あったらよかったのにという跡を巡って、これは残したいという建物でも景色でもいいや、それも巡って、どうしたら残していけるかも考える。例えば、残そうって掛け声だけじゃ駄目で、建築家の人が耐震とか、費用のこととか話してくれる、そんな機会もあればいいかな?」

「本というか雑誌作るのはどう? 今日新聞の記者のOさんに頼んで、残しておきたかった建物や風景を写真をふんだんに使って書いてもらう。」

「意識付けって言ったら少し高飛車なかんじがするけれど、最終的には、例えば何か遺したいっていうときに動こうよ、知恵を出そうよ、行政ばかりに頼るんじゃなくって自分達で残していく。また、素晴らしいものがこの街にはあるよ、って知らせることも大切でしょ。赤銅御殿だって中山別荘だって、入ったこともない、どんなものか知らないって別府の人たくさんいたもの」


実際には無くなってから、あれば良かったのにと思うことの方が多い。建物ばかりだけでなく森や木、普通に流れる川、砂浜。とにかく古くからあるものを目の敵のようになぎ倒し、コンクリートで何か作る。
川底がコンクリート面の異様な川が別府では当たり前だ。大雨が降ればあふれんばかりに泥水が恐ろしい勢いで流れる。洪水が起こらないようにしているのだろうが、本来自然に恵まれたこの町には異様だ。
それに、情緒のある温泉が雰囲気も残さず無様な建物になるのは何とかならないのだろうか。おそらくコストが高くなるんだろうけど、それでも良いという考え方はないのか?

ごく当然の意見もあった。元高校教員の方から、

「まるで他人事として、別府には文化が育たない、中山別荘も残せない、って大損失だ、とか某先生が言ってるけど、どうなの? 中山別荘なんて入ったことのある人の方が少ないでしょ。個人の持ち物なんだから。いきなり残せって、市が買えっていったところで納得するかな? 仮に買ったところで、市が税金つぎ込んで維持してどうか出来るとは思えないけど。」

イヴェントあとのまつり、発想は面白いけど、方法論とコンセプトが明確でなく、時間をかける必要があると思いだした頃、豆塚エリから県の「人権関係NPO等連携強化推進事業」から補助金が出る、と連絡入る。


泡食った僕と豆塚エリとの会話。

「人権ってどうするつもりよ、人権となんの関わりがあるわけ?」

「広い意味でユニバーサルデザイン。私達障がい者だけでなくて、妊婦さんや子連れの人、お年寄りも含めてみんなが暮らしやすい町。建物が老朽化や耐震だっていって次々と立て替えられていく、その際にバリアフリーにするんだけど、実際には、障害者からの立場から言うと、さまざまな種類の障害者の方がいるように、全ての人たちが確実に利用できるところなんて少ない。すでにここにアトノマツリが発生している。
でも、告発とかそういったことがしたい訳じゃない。ハードよりソフトってことを言いたい。ソフトって結局は人なんです。そういう意味で別府の人は障害者の人に比較的手を貸してくれたり気を遣ってくれる。例えば、ここは入り口に段差があって、店内もそう広くは無いし、バリアフリーじゃないけれど、来てドアをノックしたら扉を開けて段差をあげてくれるし、お客さんも少しずつずって車椅子が入るくらいのスペースを空けてくれる。その一連の流れがあまりにも自然で、障がい者であることを忘れてしまう。」

「暮らしやすい町と跡の祭りの関係がもうひとつわからないな。何で補助金がとれたわけ?」

「つまりは、どんなにバリアフリー、ユニバーサルデザインにしたところで、すべての人間が使えるかと言えば、なかなかそうはいかない。限界があるんです。どうしても人の手を介せざるを得ないところがある。逆に言えば、人の手があれば、多少のバリアはクリアできるんです。
別府は情緒ある町並みを有しています。車いすの私だって、そんな別府の町並みを楽しみたいと思っています。少し不便でも、昔から市民に愛されている建物やその空間を私も共有したい。例えば、この喫茶店は狭いし自分じゃ入れないけど、だからといって、ショッピングセンターの中にあるバリアフリーのカフェに行きたいとは思わなくて、私はここで、マスターや常連のお客さんとおしゃべりするのが好きだし、第一に何も不便を感じてないから」

「ふんふん、観光価値で赤銅御殿じゃなくて、地域の共同浴場みたいなことだな。明らかに地域のみんなに愛されて利用されているのに、老朽化、耐震、バリアフリーって建て替えたら、まあ、センスのかけらもかんじられないような代物出来ました、ってか。」


よくわからないけど、なる程。こんな風にアトノマツリをやることになってやらなければいけないことになった。


別府の良いとこは別府に住んでいる人々には当たり前すぎて見えてないことも多い。他の土地から移ってきた人、しかも車椅子の人たちの話は本当に為になった。

改めて、暮らしやすいということの意味を考える。物価、家賃、仕事、安全、はもちろんだが、多分、人が一番じゃないか。そこに暮らす人々の価値観ではないかと思う。口に出せば恥かしい言葉ではあるが、やはり、人とのつながりを大事にしたコミュニティがあるということだと思うのだ。
それはひとつに地域の風呂に毎日同じような時間に入っていれば顔見知りになり、話すようになり、お互いのことを知るようになる。気が合うとか仲がよい必要はなく、どこに誰が居てどのような状態でいるか分かるというのは大きい。

三・一一以来、防災がしきりに言われているが、どこに逃げるかを行政がその地区にどういった人が住むかも考えず、遠くに避難場所を決め、訓練時に遠くて歩けないと止めてしまった。まわり近所の逃げることが出来ない人の把握をコミュニティがしていることが一番ではなかろうか。いつ来るか分からない災害に四六時中身構えておくなど無理なのだから、自分が居る場所で起きた災害に対して、自分の身の安全、その次に近所の弱い人から安全確保をしていく、というのが現実的だろう。
この場合の弱い人は障害者だけではない。僕の知っている車椅子の方は段差さえ無ければ老人や子供より速く動ける。コミュニティの構築などと言ってもほぼ自然発生的に出来たものだし、維持する方法は基本的には今の時代に逆行するようなことだ。近所付き合いをする。挨拶をする。多少の価値観の違いを認め合う。お互いに助け合う。というのは人として当然のことなのだが、携帯が当たり前になり、目の前の人より気の合う仲間的なバーチャルコミュニティを大事にするというか、ただ繫がっていることを大切にするようになっている。

障害者の方が暮らしやすい街というのはおそらく全ての人にとって暮らしやすい街であろう。人と建造物を含めた環境がどうあるべきかを考えていくきっかけになればと思う。
それに何よりも大事なものはソフトということがハッキリした。そのソフトは別府ではおそらくは地域の温泉を中心としたコミュニティの価値観や考え方だったと思う。
別府から消え去ろうとしている風景やすでに跡になった風景の中には、コミュニティそのものがあると思う。
44202×こんぺきのこんぺいとう 
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じゃじゃん。これが噂の44202こんぺきのこんぺいとう特集号。写真上げ損ねてた。
モノクロなんですがマットコート紙に全面プリントで表紙の表面が艶っぽくてなんだか見た目に雰囲気があります。
ちなみにこの手は私の手。もちろん写真は44202氏による。
ズボンのネコ柄がキュートでしょ。
無料配布です、みなさん。大量出血で貧血になりそうです。そのくらいです。サービスです。
こりゃあかんです。44202氏にはなんてお礼を申せばよいか。
何度もしつこく言いますが、欲しい方はお早めに。

さてイベントですがついに明日に迫ってまいりました。
設営もほぼ完了(どんな感じか気になる人はついった見てね)、細かい作業を残し今日はこれにて寝ます。
宣伝が足りてないんじゃないかと不安です。お客さん来てくれるかな。
頑張ります。頑張るために寝よう。おやすみなさい。
ポエムライブって何なん? 和綴じ製本? 
11月1~3日のこんぺき出版展についてです。
(こんぺき出版展とはなんぞやという方は詳しくは→http://mamec7a.blog.fc2.com/blog-entry-85.html

さて一日目の豆塚によるポエムライブですが。ライブペインティングのパクリです。
こいつは本当に苦肉の策なので、地味なので、謙遜とかでもなく本当に期待しないでほしいのですが、(たぶん誰も期待はしないと思うけど)
なにをやるかというと私豆塚がとにかく黙々と詩を考え、練り、推敲し、完成させます。
それをプロジェクターでスクリーンに映してみるという。
ね、何が得で楽しいのかよくわかりませんね。すみません。
あ、もしお題くださったらそれについて書きます。
ちなみにできあがったらプリントアウトしてほやほやをお持ち帰りできるようにする予定です。
そこまでいけるかな。
自分でもどう楽しめるんか甚だ謎ですが、普段家で一人で黙々とやっている作業なので、
人前でやることはまずないし、ちょっと珍しいかもと。
自分自身人の目がある中で書くってことしたことないので、
何かしらの化学変化があるかもしれんな、と思ってはいます。

そして二日目のワークショップ。和綴じ製本でノートをつくってみよう、という。
和綴じ製本とはなんぞやという方はぜひググってみて。糸で綴じられた大昔の本ですそうですアレです。
豆塚が大好きなカラフルでかわいらしい和紙「玉しき」ちゃんを表紙に
20ページくらいのノートをつくれるよう準備しています。
特に予約がなかったので当日飛び込み参加OKです。先着五名様。
ぜひお声掛けを。

それとね、44202×こんぺきのこんぺいとうが今朝届きました。
無料で配布予定のやつ。こんなん無料で配ってええんかいな!って言いたくなっちゃう。
出血大サービス。
写真撮り損ねたので明日にでもUPしよう。
44202氏と頑張って作ったのでぜひ会場までもらいに来てください。
こんぺき出版展の宣伝 3日目のトークショーについて 
さて、宣伝がどうやら足りてないようなので今週は宣伝習慣と銘打ちましてイベント本番まで出来るだけこのイベントのよさを主張してみたいと思います。

おすすめは最終日のトークショー。(いきなり最終日の紹介?)
季刊誌こんぺきのこんぺいとうに連載している人気エッセイスト笠原崇弘氏と盲目青年衛藤宏章氏によるトークショーです。

こないだ簡単なリハーサルをやりました。テーマ「別府という町について」自由に喋ってみてくださいって言ったらふたりとも淀みなく喋る喋る。こりゃ司会もラクでいいかもなー(司会担当を任命されてしまったのです)なんて思ったり。

笠原氏は東京生まれ仙台育ち、日本を二周した経験あり。3.11被災をきっかけに別府に移住。衛藤氏は鉄道オタクいわゆる鉄ちゃんで全国500箇所以上の駅を巡った経験があるとか。23歳の時に失明、視覚障害者に。その後親元を離れ別府で仕事をしながら一人で生活を始めたそう。生まれも育ちも大分市、大学は宮崎だそう。
時をほぼ同じくして別府に移住してきたふたりが「旅」を軸に別府の町を語る。
ちなみに司会の私は愛媛県松山市生まれ。転落事故によって車いす生活を余儀なくされ訓練施設のある別府へ、あまりの住みやすさにそのまま移住。皆外から移住してきた身で別府の特異性を愛しております。ね、面白そうでしょ。

ほんで笠原氏の相方でありアニソンバンド「まーさんず」のボーカリストみほにゃんのギター伴奏してもらって笠原氏にエッセイの一部を朗読してもらいます。東北の人だからかな、喋る言葉の雰囲気が柔らかい。もちろん笠原氏自身が温和でやわらかな人です。昨年私の朗読CDを作る際にナレーションをお願いしたのだけれどとてもいい声です。

ついでにわたくしも3篇ほど詩を読ませてもらうことに。暗い詩ばかりでなんだか申し訳ないですが。
別府をテーマに書いた「この町は、別府」という詩をラストに読ませていただこうかと。

いやあ、最終日、見逃せませんね。14:00からトークショーは一時間程度、朗読会は多分正味30分くらいか。読む練習しとこ。

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