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夏色Blues 
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フォトポエム展!!
今回も参加させていただくので、夏休みや暇な時はぜひわったんに見に来られてください^^
まだ書けてないけど^^;早く書いて送らねば!!


以下は主催者みえみえさんのブログ「poem*art」
http://miemie33.junglekouen.com/e570745.html
から転載させていただいております。

↓↓

来月8月から
第7回フォトポエム展「夏色Blues」を開催します☆

夏、なつ、ナツ・・・
・・・が、テーマです。
今までにナイ展示にしてみたいと思ってます☆
お楽しみに~

詳細はコチラ↓
●開催期間は2012年8月1日(水)~8月31日(金)まで
●開催場所は大分市玉沢のトキハわさだタウン1F「お茶の若竹園ギャラリー」内
●時間は10:00~20:00(トキハわさだタウン営業時間に準ずる)
 「お茶の若竹園」のカフェコーナーは18:00で営業終了しますが
 18:00以降も自由に出入り観覧できます。
 カフェメニューを注文しなくても、観覧のみOKです。
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詩を読む会6月 
6月30日、雨がふったりやんだり変な天気でしたが詩を読む会に行ってまいりました^^
今回で三回目の参加!! 行くたんびに、「詩っていったいなんなんだろう」といっぱい考えさせられます。
なんのために詩を書くのか・・・というのは人それぞれのいろいろな考え方や想いによって違うと思いますが、この会は毎回「詩」を真剣に考え、見つめて、愛している方ばかりが参加されているので、すごく楽しいです。
たまに、きつい~と感じることもありますが、それはそれで醍醐味なのかなと。
悩んでこそ、苦しんでこそいいものが生まれると思っています。

さてさて、詩の話題になると変に熱く語ってしまいますが・・・
今回わたしがもっていった詩。自作です。



   負うということ


 わがままなのかな?

 あなたがわたしを愛していることも
 大切にしてくれていることも
 とってもわかっているから

 受け入れなければいけないのかな?
 こんなに苦しいのも
 こんなにあなたを苦しめていることも
 仕方のないことだと

 わたしのせいじゃない
 誰のせいでもないのに

 いつもありがとう
 これからもよろしくね
 が
 明日も笑顔で言えるように
 わたしは夜 魚になって
 ひとりのベッドを
 泣きながら
 さまようのです


「障がいの受容」という言葉があります。文字通り、自分の障害を受け入れるということ。
どこかで障害と折り合いをつけなければ、生きていけません。だって泣いたってもがいたって駄々こねたって治るわけじゃない。
だから、受け入れて生きていかなければなりません。
それはわかってる。
もちろん障害を負ったことでよかったと思うこと、たくさんあります。
いろんなたくさんの出会いがあり、人に感謝しながら生きていくことを学びました。
最高のパートナーにめぐり会えたし、生きがいも見つかりました。
障がい者になってよかったとさえ、感じることもある。
でも、でもね・・・
という気持ちを詩にしたかったので、書きました。(書いて人目に晒すにはまだ心がもろい気はしないでもなかったけれども、詩人としての試みかもしれない)

障害があっても、こんなに恵まれている。
けれど、障害のせいで、苦しく感じることがある。
この「もやもや」は、わたしがわがままだから、感じてしまうのだろうか・・・

障害があるせいで、人に迷惑をかけてしまうことは、多々あります。
それを、冷ややかな目で見られることも・・・
でも、わたしに障害があるのは、わたしのせいでもないし、誰かのせいでもない。
仕方のないことなんだ、だから、受け入れなければならない。
この「もやもや」は誰かにぶつけてはいけない。自分のなかで、押し殺して「負って」いかなければならない。

「負うということ」というタイトルには、「障害を負う」と「葛藤を負う」というふたつの意味をかけています。

この詩は「知」より「感」の部分を前面に押し出したかったので、あまり凝った詩にはしなかったのですが、
誰かに読んでもらうにはちょっと短絡すぎたかな。
自分の気持ちばかりが浮き立って独りよがりな感じがするので、また練り直そうと反省。



   まぼろし


埃っぽさと熱を帯びた空
くっきりとした雲

風に踊る麦わら帽子を
追いかけていく
汗ばんだ小麦色の背中

錯覚させる白い砂浜が
ぴりりとからだを焼く
執着のない夢を抱えるかき氷を
何気もなしにかき混ぜて
波打ち際に揺れる
うたかたのようなわたし

世界中の喧騒も
昨日の憂鬱も
波音に溶けていく気がして
足を濡らすぬるい海水が
やけにいとおしい

明日になれば
この 焦がすような痛みも
すべて
夏のまぼろしと
なるのかしら



夏っていうのは、くっきりはっきりした厳しいイメージなのですが、まぶしすぎて、どうも夢心地な気がします。
かげろうだってまぼろしだしね。
そんな夏と、淡い恋心を掛け合わせてみました。
夢と現実をうまく対比させたかったので、体で感じる感覚(現実にはっきり体で感じている、あつさやぬるさ)と夢のような情景(こころがぼんやりと感じている、さっかくや気のせい)をうまく織り込んでいったつもりです。
『「焦がすような痛み(恋心)」も、もしかしてまぼろしなのかな?明日になれば目が覚めたりしちゃうのかしら?』
という落ちなのですが、最後の連はちょっとなげやりだったかも。
タイトルも、いきなりタネ明かししてるみたいでつまらない。




まあ、そんなこんなの二編です。
書くとき、推敲するときに、常に「人に読まれること」を考えます。
「はたしてこれを誰かに読ませたときに、いったいなんて思われるのだろう?」
そのため詩の中で変に気取ってみたりそれっぽいことをいってみたりします。
もうすこし、やりっぱなし感があってもいいのかもしれない。
他の方はどうなのでしょう。
ふと思いました。


詩を読む会 詳しくはコチラ↓
「考えること 生きること」
http://fleurs-au-vase-jaune.cocolog-nifty.com/blog/


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